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こんなに空が広い日には富士山がよくみえる。相模湾側からはもとより、横須賀中央からもよくみえた。調子が悪いからとかいって、法事で集まっていた親せきをまいて上った、さいか屋の屋上からも。この辺りでまともに考え事ができるのはここくらいしかないと思って上った。さいか屋に入ったのは10年ぶり以上だった。まわりの景色はすっかりかわってしまった。もうそこはぼくの知っている場所ではなくなってしまっていた。子どものころにはよくきていたはずだが、富士山をみた記憶はない。目の前のものしかみえなかったころからは、すこしは成長したということかな。あるいは、単純に背が伸びただけか。[3月2日(日)]
![]() きょうから出入りすることになったオフィスは学生時代の友だちのいるオフィス。ぜんぜん知らないひとたちのなかにひとりだけよく知っているひとがいるというのは、はじめから孤独感もなく、なかなか気楽でいい環境かも。しかし、大手家電メーカのオフィスは自社製品だらけでかなりの圧迫感。耐えかねて天を仰ぐと、蛍光灯にも会社のロゴがみえた。[3月3日(月)] ![]() 1年がたつのは本当に短い。あるいは本当に長い。初春から晩冬まで。起点から終点まで。この線路はどこへ向かっているのか?また振り出しにもどった気分。誰か大切なひとをなくしてしまったときのように。(北もしくは東行きの)東京駅の発車ベルが哀しげに聴こえた。そしてまたくり返すのか?[3月17日(月)] IP電話開通。IP同士で会話できる環境の相手はいない。実用的なものになるのは、ことしの夏以降、一般電話やケータイからの着信ができるようになってからでしょう。ことしはインフラ系の整備を重点的にということで。[3月18日(火)] 恒例の大楠山ハイク。年に何度とない土の上を歩く機会。天気予報にしたがい、早足での上り下りとなった。昨年と違いサクラはまだ咲いていない。かわりにモモやウメの花がみえ、スイセンが香る。人びとは「春」だといっていた。暦によればまちがいなく。ぼくはまだ「冬」にいた。土の匂いによればおそらく。[3月23日(土)] 爆音をたてて走り去るバイクが1台。そんなことでしか存在感のもてない人もいる。ブラウン管のなかでは人間の盾と称する人々が映る。そんなことでしか存在感のもてない人もいる。なんだかやっていることの程度があまりにも等しくみえて、おかしくなった。目立てばいいというものではない。他にも方法はあったはず。一方で、当事国の人たちは、楽観的な政治家も悲観的な市民も、作戦実行中の兵士もその横で取材中の記者も、みんなハリウッド映画みたいに観えてしまう。これが誰かの書いたシナリオなら、舞台セットのなかでだけたのしんでいてほしかった。それにしたって、他にも方法はあったはず。そして、彼ら彼女らは、最終的には悲劇のヒーロー/ヒロインになるのが好きらしい。最悪の場面がきたって、スーパーマンもXメンもオビ・ワン・ケノービだって助けに来てくれるわけないのに。[3月24日(日)] 「めざましテレビ」(CX)のアナウンサーが交代になるそうで、きょうはスペシャル・ヴァージョンだった。次のメイン・アナウンサーとは母校がいっしょらしい。つづく「とくダネ!」(CX)の冒頭トークも「9年間おつかれさまでした」モードではじまったけど、それ以上に「Veronica」(Elvis Costello,1989)が妙に哀しく聴こえた。コステロ/マッカートニーだけにポップ・ソングの王道に聴こえるけど、本当は哀しい唄らしい。英語はわからないので難解な歌詞はいまだに難解なままだけど。 ![]() ケータイを機種変更した。キャリアも変更した。だからはじめて番号も変わった。ノキアの「NM502i」(2000)からミツビシの「graphica」(2002)。ドコモに魅力的な機種がなかったから。年内にでるといわれているノキアのiモード端末に期待しつつ。「graphica」は昨年夏モデルなのでもう普通には売っていなかった(しかも昨年秋にはプリカ専用端末に移行)。なのでネット・オークションで新品を購入(正確にはメールで直接交渉)。「graphica」自体おととしの夏モデルからデザインのみ変更のマイナーチェンジ・ヴァージョンなのでかなりの旧式。1年前から500万画素のデジカメを使ってる身としてはケータイのカメラがどれだけキレイに撮れるかなんてことには興味はない。電車のなかなど移動中にJavaアプリで遊ぶ気もない。正常にボタンが押せてバッテリに余裕があってデザインが個性的ならばそれでよかった。わけあってきのう1日だけシルバーの折りたたみ式ケータイを使用していたことをここで告白しておこう。そしてきょう横浜にできたばかりの日本で唯一のボーダフォン・ショップにて機種変更完了。[3月28日(金)] |